RE:まーく2のおしり

普通って言われても・・・その普通がわからない

休職までの経緯

休職までの経緯

 2011年1月、35歳での転職

 年齢的に最後、覚悟の転職ということもあり早く慣れなくては、期待にこたえなくては、という焦りはあったと思います。

 

 2020年頃から眠れない日が続く。

 その日の失敗からくる後悔や不安、業務の段取り、会議内容の打ち合わせや資料作成、税制改正の対応など、解決しなくてはならない問題が山積みに・・・。

 自分がなんとかしなくてはという思いだけは強く、布団に入るが仕事のことばかりを考えるようになります。気がつくと外では新聞配達のバイクの音。「またか・・・」と思う日々。休日、妻と買い物に出かけても、表情は上の空でブツブツと仕事のことを言っていたようです。

 また、一時的な人員減。担当部長の移動、産休、うつ症状での部署移動、シニア社員の業務軽減から、それぞれの業務を引き継ぎます。案の定、残業時間は増加し、会社の基準を毎月超えました。

 システムの構築や法令改正、監査による指摘内容の対応など環境変化と周囲のスピードに追いつかず体力面と精神面で疲れを感じていきました。

 さらに、役所との所有権問題では責任転嫁をされ会社より叱責、匿名で他部署をつぶすと噂を流され会社より調査を受けることに。関係部署を含め、一斉送信された自分に対する非難メール、「若い者に示しがつかない人間だ」と役員に罵倒されるなど、人間不信にも陥っていき、会社につぶされると恐怖しかなかったです。

 その後は突然涙が溢れだす、会社の駐車場には着くが怖くなり帰る、引き続き不眠や新たに動悸も多発し本格的に体調を崩していきました。

 このころ妻から病院受診を進められ2023年6月心療内科を受診します。

 当初は「適応障害」と診断。初めて上司へ今まで不眠であったこと、体調不良が続いていること、及び診断結果を報告しました。

 また、同年8月、主治医より検査を進められ受けた結果、「ASD」と「ADHD」と診断されます。

 説明を受けましたが信じられませんでした。調べてみると類似点が多く、妻からは「そのままだね」と言われ、「今まで性格だからしょうがないと思っていたけど、これが原因だったんだ」と言われたことは今でも覚えています。自分の気持ちは複雑でした。「だからそうなのか」と「いやいや、そうじゃないでしょ」と思う自分がいました。特に「脳機能障害」という記述にはどうしても納得できなかったです。

 納得できず悶々とした状態で上司へ報告をしました。「どう思われるだろう?」「病気のせいにするな」と怒られるのではと思っていましたが、幸い上司は理解をしてくれました。兼務している他部署の課員も同じ特性を持っており知識があったからでした。上司には、「皆には伝えないでほしいと」とお願いしました。やはり恥ずかしいという思いが強かったです。

 上司以外の周囲には特性のことは伏せて業務を継続しました。とくに業務内容が変わることはありませんでした。 このころになると、急に汗が出て止まらなくなり、話す内容が飛んでしまう場面が増えていました。ごまかしながら業務を行っていましたが毎日焦りを感じていました。

 とくに動悸は本当に嫌で、心臓が爆発しこのまま死んでしまうのでないかと恐怖を感じました。会議などがある際は必ず発症していたので、朝起きると憂うつで涙が出てきました。主治医からは、もう休んだ方がいいと勧められましたが、「自分でなんとかします」と決め断りました。結局その行為は悪化の要因だったと感じています。

 さらに会社でのめまいや耳鳴り・頭痛、心臓をつかまれたような感じで苦しくなるということが増えていきます。車を運転し赤信号で止まっているときも「このままアクセル踏めば・・・」と、ふと頭をよぎりました。自分は本当に必要なのだろうか、いなくてもいいんじゃないかと常に思うようになっていき、家で急に息が吸えない症状にも悩まされ、救急車を呼ぶ騒ぎにもなりました。

 家族との死別(父親)と、コロナ影響で世話になっていた方とも疎遠となったのも間接的には原因だったのかもしれません。

 なかなか本音で相談できる相手も少なく、一人で抱え込み助けてほしいと声を出すことができず、最終的には「あれも・これも・それも」と、自分がやらなくてはという焦りと、「あの人はもっとうまくやっている・もっとこうできたはず・これは失礼に当たるのでは」と、周りを気にしてしまい考えが纏まらなくなり、2023年12月起きることができなくなりました。

 当日はベッドで涙を流しながら妻に「ごめんなさい」と謝りました。妻から「お疲れ様。ゆっくり休みな。病院へ行こう」と言われました。会社へは妻が電話をし、しばらく休ませますと・・・。病院へ行く間にいろいろな事を考えました。会社へはもう行けない、すべてが終わった、これからどうする・・・。

 嫌な気持ちから逃げたくなり処方された眠剤を複数錠服用、もう何も考えたくなかったです。薬はすぐに妻にみつかり隠され、ひどく怒られました。

 病院へは初めて妻も同行しました。私が主治医へ症状を伝えている最中に、妻が「先生、休職の診断書を書いてください」と割って入ってきました。今までつらくても、自分から診断書を書いてくださいとは言えなかったです。でも、妻が言ってくれて正直ホッとし、涙が止まりませんでした。

こうして「抑うつ状態」と診断され2023年12月から休職となります。

 

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